NPO訪問レポート

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若者の夢や新しく始めたいことを応援する場所

ひらがな商店街 アートスペース「と」

石川町のひらがな商店街のなかに、20124月に開業したばかりの「と」という一風変わった名前のアートスペースがあります。代表者はNPO法人シャーロックホームズの代表理事でもいらっしゃる今井嘉江さんです。

「と」という名前には、「今と昔 町と人 物づくりと物がたり そんなことのまん中に「と」があったらと願っています」とホームページにもあるように、接続詞「と」のように何かと何かをつなぐという意味が含まれているそうです。今回、今井さんには開業のきっかけや「と」がどういった場所であるのかについてお話を伺いました。

◇オープンしたきっかけ

アートスペース「と」は、昨年の1月に今井さんのお母様が亡くなられたのをきっかけにその自宅をリノベーションして出来た場所です。生前、お母様は木目込人形を作るのが好きで、押し入れはその道具と材料で荷物だらけだったそうです。お母様が亡くなられた後に「母をしのぶ会」として人形などをギャラリーのような感じで展示したところ、周りの方から「こんなに広かったんだね」「ギャラリーにしたらいいね」といった反応があったとのこと。「しのぶ会」をきっかけに、今井さんの中にこの場所を何か形にしたいなという思いが起こりました。

そこで、リノベーションする前に、壁に「この場所を利用してどういうことが出来るか」ということを地域の道行く人に書いてもらうことにしたそうです。すると、芝居をやりたい、リフレクソロジーをやりたい、書道を習いたい、ゆっくりリフレッシュできるカフェにしてほしいなど様々な意見が出されました。特に多かったのが「自分の夢をかなえたい。そのために自分のチャレンジする場にしてほしい。」という意見だったとのこと。これらの意見を見た今井さんの中に、縁側でおばあちゃんがお茶を出すようなほっとした雰囲気の中で、人が好きなことに取り組むためのスペースがあったらいいなぁ、といった想いが生まれ出てきたそうです。そして、何かを始めたいという若い方を中心に自由に使うことが出来る場所、という漠然としたイメージが出来上がったそうです。

また、まだスペースをどのような形で利用するかが決まっていなかった頃にあるアートイベントのポスターだけ貼っておいたところ、それに気づいてスペースに入ってきてくれる人が多かったとのこと。それを受けて、この場所をギャラリーとして使うというイメージも大きくなったそうです。

◇なぜ「絵本カフェなのか」

アートスペース「と」は、リノベーションする前は駄菓子屋さんでした。沢山の人が集まる場所ということでよければ、駄菓子屋さんでもいいのでは?という質問をぶつけたところ、「今ここの地域は私が幼かった頃とは違って高齢者の町なんですよ。同じ駄菓子屋さんをやろうとしたら、かつてを懐かしんで来てくれる人か、そういう駄菓子屋さんあったよねって若い人が面白がって来てくれるか、駄菓子屋さんをやる方がすごく難しいと思ったんです。具体的なイメージが湧いてこなかったんですね。」と今井さん。駄菓子屋さんであるとどうしても客層が固定されてしまうこと、一人で出来てしまうということもあり、みんなで創り上げていくという意味で「アートカフェ」をやることにしたそうです。

ただギャラリーとして利用できる場所にしたとして、その関係者は来るかもしれないが地域の人はそれほど関心を持ってくれないかもしれない。そこで、地域の人がお茶を飲みながら何かを共有できるものがいいということで、壁に書かれていた様々なアイディアのなかから「絵本」というものを選択。絵本を読むことでその場所で時間を過ごせるし、絵本を通したコミュニケーションが生まれるかもしれない、と考えたそうです。そういった経緯があり、色んな人を巻き込むためのきっかけとしての「絵本カフェ」という構想が完成しました。

◇沢山の人が関わる場であるためのしくみ

アートスペース「と」では、様々な立場の人が関わる仕組みとして日直さんとめだかの学校と呼ばれる制度を採用しています。

日直さん制度とは、お店番を日替わりで日直さんがやるという仕組み。国分寺にある「つくし文具店」というお店の仕組みがこの発想の原点です。「つくし文具店」のオーナーさんがデザイナーで、そこにはデザイナー仲間の作品が置いてあります。自分の作品を置いてもらった人は、自分の作品を多くの方に見てもらいたい、という動機から週一回のお店番を担当する、という制度です。今井さんは「つくし文具店」を見学してこの制度のことを聞いて、頭の中に色んなアイディアがどんどん広がったといいます。

頭の中に出てきたのは、めだかの「め組」、「だ組」、「か組」の組長をつくるという「めだかの学校」構想。「め組」はこの場所の雰囲気を保つために、ギャラリーの作品に統一感を持たせるなどのビジュアルを管理する部門。「だ組」は誰かと話をするとか、コミュニケーションをとるようなワークショップをやったり、相談があれば相談にのったりと誰かとつながろうとする部門。「か組」は体に関することで、アロマであったりフラダンスであったりと体のことを少し点検したり自分を見つめなおすことが出来る部門。そういった「め組」、「だ組」、「か組」の組長をみんなでやってもらうことにしたといいます。こういった構想をあためていたところ、少しずつこのスペースで新しく何かを始めたいと言う人がぽつぽつ現れ始めたそうです。

アートスペース「と」では「なにか自分で始めたいと思う人の後押しをするための場所の提供をしたい」と思ったという今井さん。基本的には自分のスタート地点として使ってもらうために場所を貸し出すということで、すでに教室を持っていて収益を上げている人に貸すのではなく、新しく始めたい人たちに日直をやってもらうことを条件にしました。外部の人は1時間2000円で場所を借りることができますが、日直をやる人はその特権として1時間1000円で借りれるという仕組みです。特に募集はしなかったそうですが、現在、日直さんはキャンセル待ちの状況。パン屋さんやフラダンスをやっている人、アーティストの方、モロッコの雑貨のフェアトレードをしている方、ボランティアで子どもに工作を教えている方…と、日直さんには様々な方が関わってくれているそうです。

◇今井さんの想い

「若い人の夢を応援したい」という気持ちが強い今井さん。その気持ちの原点はどこにあるのでしょうか。

聞いてみたところ、今井さんが子どものころは近所のおばちゃんに「ご飯食べたの―?」とよく聞かれて、まだだと言うと「食べて行きなー」と言われたそうです。子どもは大人が育てるのが当たり前という空気が、その当時は強かったようです。また、高度経済成長期やバブルのときにも、先輩が色んな事を教えてくれたり育ててくれたりしたそうです。そういったお世話になった人々たちに、恩返ししたいという気持ちが自然と今井さんの中に芽生えたと言います。「私が今特別なことをしているとは思わない。やってきてもらったことを返している、そう思ってます。」と今井さんは言います。

また、人と人をつなげるということはそのまちを活性化したり魅力的にしたり、「人的資源」の有効活用という意味でとても有意義なことです。アートスペース「と」が色んな人が関わる場であってほしいという今井さんは「人と人をつなげる名人」と名高い人ですが、当の本人はまちを活性化しようと思って意図的に人をつなげているわけではないとのこと。「まず私ができることからやっていけばいいんじゃないかっていう、根本的にそういうのがあって、つなげているんだと思います。背伸びせずできることからやろうっていうところで、人ってつながっていくような気がするんです。」どうやら、必要以上に気負わずに出来ることからやっていくという自然体の姿勢が、活動が長続きする秘訣のようです。

ところで、人と人をつなげるということにはどういった苦労があるのでしょうか。聞いてみたところ、「たぶん苦労と思えば苦労になるし、それも含めて楽しいともいえる。感じ方だとは思うんだけどね。」と今井さん。アートスペース「と」は、人が選んできてくれる場であり、逆に今井さんも選んでいる。この場所を嫌いだと思う人とは無理に合わせようとはしない。「なので、苦労がないと思えるのかな。」と今井さんは言います。このように可能な範囲でつながりを広げていくという姿勢が、結果として沢山の人を巻き込んでいます。

最後に、今後もアートスペース「と」が様々な人と人をつなげる場であるために、今井さんが大切にしている姿勢について聞きました。

「お金を稼ぐために見栄張ったり嘘ついたりすると、人はきちんと本当が見えるので、妙に着飾ったり慣れないことをすれば、すぐにボロが出る。だからやっぱり、私はあるがままでいくことなんだろうなということと、やっぱりいろんな人に助けてもらってやっているわけなので、お互い様って気持ちなんでしょうね。私だって一番助けてもらっていると思うんです。外から見ると若い人たちをサポートしてすごいですねって言われるかもしれないけど、むしろお互い様だと思いますね。その気持ちと、嘘のないというかね、そのときそのときのできることで、向き合っていくんだろうと思いますね。」

そういったあるがままの今井さんの人柄に色んな人が惹きつけられるのだと感じました。

できる所で、できる時に、できる事から、…とおっしゃっていた今井さんはとても自然体で気さくな方で、周りに人がどんどん集まってきてつながっていくのも納得できる素敵な方でした。着飾らない今井さんのお話はとても心に響くもので、あっという間のインタビューでした。

(インタビューアー:横浜市大3年 西田あかね、横浜市大2年 関口諒)

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